2018.8.27_『君の話を聞きたい』を書きました
こんにちは。
真夜中ですので、どうでもよい雑談をします。
このブログ自体は、もともと、誰かに見てほしい小説と、誰にも見られないような雑談を、という半々の気持ちで始めたのですが、
もはや前者をほとんど他のサイトに移してしまったので、いまや9割以上は後者の気分なのです
でも、誰にも見られないように書いているつもりが、つまり、日記を手で書くのが面倒という理由だけで、記録のつもりで書いているものが、
実は、これは公開されているから、声を大にしているようなものなのですね。
今更ながら、書く内容には気を付けなければならない、つまり外に出てもいいような内容しか書いてはいけないのだと思いました
とはいえ、本当に魂の泥のような部分を、どうしても吐き出したいときには、紙の日記に書いているので、その意味では線引きできているつもりなのですけれども
はい、その舌の根も乾かぬうちに、どうでもよいことを書きます
有益なことはここには書かれませんから、そういう類のものをお求めにも関わらず、うっかり何かの誤りでこの記事を見てしまったという方は、速やかに他のそうしたものを御覧になられることをお勧めいたします。
もしくは、ここまででおやすみくださいませ。どうか、よい夢を。
……よろしいでしょうか?
ここからは本当に、時間が有り余って退屈だわ、誰かのどうでもよい、何の得にもならない話を聞きたいのだけれど、という方だけが御覧くださいませ。
昨日、「君の話を聞きたい」という話をpixivで更新しました
twitterにも書いていたことなのですけれど、前述のとおり誰にも見られないことを前提に書いていたことが、割と誰かに見られているかもしれない、ということに気が付き、こちらのブログに少しばかり移します
こちらの方が、うっかりの何かの拍子で見られる可能性が低いのではないかなと思うのです
このお話は、土曜日に、作中の親子の会話を道で耳にしたことから着想しました。
天国の存在を仮定したところで、8000人というのは、死者の数から考えると、かなり限られた者にだけ許された空間なのですね…と思った次第です
勢いだけで書いた作品としての前作「式の前夜」は、パズルで例えるならば1ピースのみで完成しているようなもので、そのピースにどこまで絵を描き込むかな、という話だったのに対して、
「君の話を聞きたい」は、2×2ピース程度で、前述の会話に端を発し、あとは、これと、あれと、それを組み合わせて、はい完成!というような感じで、本当に勢いに任せすぎたのではないか、というところでもあります
書いていた時間が、推敲を含め、ものすごく短かった…
そして、これまたどうでもよい悩みで、タイトルを「君の話「が」聞きたい」にするかどうか考えて、
直感的には「が」なのだけれど、でも、人物設定としては「を」かなと結論付けたことだとか
作品とは直接関係のないところで、何となく、一生というのは嘘くさいし、永遠にというのはもう嘘だし、だから嫌いなのだよなあと改めて思ったり、
それでも、それを信じたいという願いや、それを支える努力は美しいと感じていたり
書きたかったことは、前述の会話のことではなかったのですから、これ以上この話は省略、やめにいたしましょう
今回、これを書きながら、学生の頃、自分が書いていたものを知り合いが読んで「君の作品から受ける印象は○○に似ている」と言ってくださったことがあったな、とふと思い出しました
「○○」は、雨影がその当時からとても好きな作家さんで、それだけでも相当に嬉しかったのですが、「どこが?」と聞いたところ、「具体的に文体を似せているわけではないと思うから、どこがとは言えないけれども、全体的な雰囲気が」という答えが返ってきたので、その日一日浮かれきっていました
とはいえ、その数日後、それを読んだ別の知り合いからは、具体的にここの書き方が似ていると指摘されたのですが
自身としては、その当時好きな別の作家さんがいて、どちらかというとそちらに寄せていたつもりだったのですが、でも、そのつもりがなくてもそういう空気、印象を作ることができていたということが、純粋にとても嬉しかったです
今は、その当時とは、自身の人生観、価値観を含め、ほとんどスタイルが変わってしまったので、もう面影の欠片もないのでしょうが…
あの人が今、もし、自身が書いているものを読んだらどう思うのだろうか
想像すると、とても怖くもあり、少し弾むような気持ちでもあります
理想は、人物の一生を想像して、その瞬間を切り取るような、物語の外側、余白に思いを馳せていただけるような、そんなものを書きたいと、ずっと思っています
当然に、一人一人に、物語に載せられる前の過去があり、物語が終わった後も生きていくということを、
でも、その当たり前のことをそれを何となく感じていただけるような
……毎回、そういう努力をしているつもりなのですが、現実を見ると打ちのめされますので、前を向いていきたいと思います
まずは、「These go to 11!」の続きを。
どうしてこうも、毎度、若い人たちの自然な会話を書くのが大の苦手なのだろうか…不思議なくらいだ…と頭を抱えつつ
以上、場末の寂れた舞台の、さらにその裏からお送りいたしました