あお くろ ぎんいろ。

ぽつっと、ひとりごと。 たまに、しゅみをつめこんでみる。

2017.3.14_病気と近況






お久しぶりです。

と、毎回言っている気がしますが。

お話の方は、間もなく再開します。大丈夫。


うーん、結局体調が回復しなくて、というか悪化の一途で、なかなか取り掛かれずにいますね。

でも、つらいとか、苦しいとか、こういうところやSNSで書いていると、

まるで「構ってほしい」と言っているようで気持ち悪くて書きたくないのです。

本心から、構ってほしくなくて、でも近況がそれくらいしかないので、

仕方なく日記に書いていたら、こちらの更新がおろそかになっていました次第です

言語化すると、整理できて少し楽になるので

あとは物理的に、自傷や薬の過量摂取の繰り返しでちょっと動けないときが多かったくらい

まさにね…薬は用法用量を守って正しく飲まないとだめだ、というのが教訓


ああ、教訓といえば。

いまや職場の人と仕事の話もうまく話せなくなった雨影が言うことではないと思うのですが、

他者との繋がりは大事にした方がいいと思います

あとは、人生はとても限られた時間なので、一分一秒を、寸暇を惜しんで、日々を過ごす方がよいだろうなと。


あの、本当に、通院もカウンセリングも放り出して回復を手放した人間が言うことではないのです、

でも、こんなふうに病気でいるのは時間の無駄です

同じ状況でそうは思わない人もいるだろうけれど、自身は本当に無駄だなと思う

健康な体で、やりたいことをやって、そういうふうにできるものなら、そうした方がいい、と思う。


また例の如く?、暗い話のように見えますが、自身のことでも、前向きに考えてやっていることなので。

死にたい気持ちにプレスされそうですが、たった一つの理由が完全に壊れてしまうまでは最低でも生きるつもりではありますし、

他の人たちと同じように明日を迎えてはいけない自分が、それでも明日を生き長らえてしまうが故にせめて自傷をしていて、

治療を止めたのも、自分が苦しみから解放されるための答えを自分なりに見つけてしまったからで、

だから、それなりには前向きなのです

だから、同情も憐憫も、そういう構ってもらうようなことも要らないのです


記憶がよく飛ぶのも、いろんなことに責任を感じ過ぎていたような自分に、

目に見えない誰かが、無責任になれと言っているのかもしれないと思うと、ちょっと楽…なのかな

まだそこまで割り切れてはいませんが

ということで、本日もとりあえず生きています

次はお話の更新のために戻ってこようと思います

きっと数日中。