あお くろ ぎんいろ。

ぽつっと、ひとりごと。 たまに、しゅみをつめこんでみる。

きりっ。



右足のひとさし指だけ、しもやけになりました



えーと、そういうことではなく…



「死ぬほどきつい」

よりも、

「吐くほどきつい」

のほうが、きつさは上。

すくなくとも、雨影としてはSOSサインを出している状態

あたりまえかもしれませんが。


それは、

「死ぬほど」っていっても本気で「死にたい」わけじゃないからだろ、

とかそういうことではなく。


まあ、そんなことも考えつつ


横道にそれますが、

「死ね」という言葉は、時を経るにつれて心にも浮かばなくなった

だからかもしれませんが、それを罵詈雑言の意味合いで使っているのを耳にすると、

ぐっ、と胸を衝かれる気持ちになる



閑話休題

つまるところ、

雨影は雨影の人生を生きているわけで

これを読んでいるどこかのあなたも、その人生を生きているわけで


みんなの人生は、平行線というよりランダムに引かれた直線のような気がします

こうしてお互いの線が交わることができたのは嬉しいことだな


そして、お互いの線は、始まりも終わりもちがうから

「こういう線を引け」とは言いたくないし、言われたくない


でも、できるなら生きていってほしいです

どんな線でも、どんな色をつけても、それができるのは自分だけ

これはよくきくことだけど、真実じゃないかな



ながーい線を引けば、いろんなことが途中であるから

「あーもう、終わりにしたい」って思うことがあるかもしれないです

つらくて苦しくて、その手に握っている、線を引くペン先が震えることもあるかもしれない

ぐちゃぐちゃの迷走した線を引くこともあるかもしれない

それでも、生きていてほしいです


どんな辛いことも、それが死ぬまで同じようについてくることはない、と思いたい

もしついてくるなら、まわりの人にその気持ちを吐き出していい


つらくても、苦しくても、寂しくても、そのペンは握っていてほしい

終わりにしてしまうのではなくて、その先を信じてほしい


そしていつか、そんなあなたのペン先か、あなたの引いていった線に、

雨影も交われたら、とても幸せです




そんなことを、ぼんやり考えてます

やっぱり言葉にすると、とてもありきたりだけどね


あ、べつにこんなことを思ったのは、震災のせいじゃないよ

ただ、雨影にもそんなことを言いたかった人がいたんです


言えた人もいたし、言えなかった人もいたから

ここで書いた、ってかんじ



うーん、ほかにも考えてたことあったんだけどなー

ま、いっか。




それでは、よいお年を。

皆様に幸多かれ。